能の島・佐渡
日本国内にある能舞台の1/3が集中する佐渡は、日本では他に類をみないほど能が盛んな土地柄。毎年初夏には各地の能舞台で薪能が奉納されます。佐渡の人々を魅了して止まない能。佐渡へ来たらぜひ能を楽しんでください。
近所から歩いてやって来る人々はまるで夜店に遊びに来るような気楽さ。しかし見る目は真剣だ。屋外の風と虫の音を感じながら、この雰囲気をぜひ味わってほしい。
「能はやるもんだ」の佐渡
佐渡で最も能が盛んになったのは明治の頃と伝えられています。当時島内にあった能舞台の数は、ムラの数と同じくおよそ200。当時佐渡を訪れた小説家、歌人の長塚節(1879-1915)が、「佐渡が島」の中で奉納能を観た時のことを描いています。道案内をしてくれた佐渡の博労が能に詳しいことに驚き、舞台にいるのが宿屋の主人と知り驚いています。
能は武士の間で愛好され、かつ庇護されてきた芸能ですが、佐渡の能は市井の人々が舞い、謡い、観るものに変化していきました。これが、佐渡能の最も大きな特徴です。江戸時代に一国天領だった佐渡には、殿様はおらず武士階級も他国と比べると極端に少なかったのです。ムラの人々は自分たちの趣味として、そして娯楽として能を愛してきました。
そして2つ目の特徴は、多くの能舞台が神社に建てられていることです。ムラの拠り所である神社に、共有の財産として建てられた能舞台で行われる能は、娯楽であると同時に神事でもありました。能の演目の多くは、亡くなっても成仏できずにいる魂が浄化されてゆく物語です。演じること、観ることによって、佐渡の人々はさまよえる多くの魂を、送り続けてきたのです。
3つ目の特徴は、能舞台のおびただしいこと。今でも30ほどの能舞台が現存しています。この理由を、佐渡へ来たら尋ねてみて下さい。おそらく「隣のムラと競争するのが好きだから」と笑って答えてくれることでしょう。ムラごとに競って能舞台を作るうちに、能舞台も少しずつ個性を発揮し、サイズが違ったり組み立て式になっていたり、あるべきものがなかったり、ないはずのものが付いていたりということも起こりました。
しかし何より忘れてならないのは、佐渡の能はムラ人によって演じられ、今も変わらず愛され、守られているということです。
現存する能舞台の中では佐渡で最も古い大膳神社能舞台は、大きな鐘を吊す道明寺もかけられる能舞台。背景は松と決まっているのですが、ここにはあるはずのない日輪が描かれています。
