文化と芸術

一般的に佐渡は、北陸や西日本の影響を強く受けているといわれます。これは、古くから貴族や知識人たちが京よりこの島に流されてきたことや、西回り航路が開かれてから西日本や北陸の文化が直接佐渡に運ばれたことによるものです。そこから、大きく分けて3つの文化が佐渡の中でもそれぞれと強く関わった地域を中心に発展し、定着しました。流人たちがもたらした貴族文化(国仲地方)、金山の発展で、奉行や役人たちが江戸から持ち込んだ武家文化(相川地方)、商人や船乗りたちが運んできた町人文化(小木地方)です。これらが混然一体となって育まれた佐渡独特の文化は、同じ新潟県でも対岸の越後とは全く異なった文化土壌の中にあるといえます。古来より日本各地から運ばれ、根づき、発展した佐渡の文化は、気候・風土とともに「佐渡は日本の縮図」というに相応しいものといえます。

佐渡は「鶯や十戸の村の能舞台」と詠まれたほど能の盛んなところ。かつて農家の人たちが畑仕事で謡曲を口ずさんだほどで、能がこれほど庶民の生活の中に浸透しているところは全国でも珍しいといえます。このことは、能の大成者・世阿弥が佐渡に配流されたことと、能楽師の出身の佐渡奉行・大久保石見守長安が能楽を奨励したことがおおきく影響しています。初めは奉行所の役人たちの教養として取り入れられた能でしたが、次第に神社に奉納する神事として発展していきます。このことは現在30以上(かつては200以上)ある能舞台の大部分が、神社の拝殿を兼ねたものや付属したものであることからもうかがえます。例えば、由緒を誇る「国仲四所の御能場」といわれる大膳神社・牛尾神社・加茂神社・若一王子神社もすべて神社です。さらに、本間家初代の秀信が宝生座を開き、島内各地に門下生を得るようになると、次第に庶民たちの間にも浸透していきました。この宝生座が村々の神社に能を奉納、徳川中期以降、佐渡民間能楽の宗家として影響を及ぼしていきました。本間家は現在18代目、今も佐渡宝生流の家元として伝統を守り続けています。佐渡では毎年4月の演能をかわきりに、10月まで各地の能舞台でその幽玄の世界を楽しむことができます。

狂言

江戸時代に観世(世阿弥)の座付きであった鷺流狂言が真野地区に残っています。明治以降、和泉・大蔵の流派が伝承されているのに対し、鷺流は消滅したものと思われていました。しかし実は、島の一隅に命脈を保っており、佐渡の能楽に花を添える貴重な存在となっていたのです。現在、新潟県の文化財に指定されています。

人形芝居

佐渡には説教人形・のろま人形・文弥人形の三つの人形芝居があり、いずれも国の重要無形民俗文化財に指定されています。佐渡の人形芝居は、およそ250年前の享保の頃、新穂地区の須田五郎左衛門が京から人形ひと組を持ち帰って一座を起こしたのが始まりといわれています。明治末年には説教・文弥あわせて島内に30近い座があったほど盛んでした。しかし大正から昭和にかけて、浪花節や活動写真などの新しい娯楽の台頭で次第に下火になっていきました。とはいうものの、説教節も文弥節も、始祖の語りに近い形で残されているのは佐渡だけと言ってよく、近年この貴重な文化財を受け継ごうという保存活動が盛んになっています。現在全島で10あまりの座やグループが活動を続けています。

説経人形

説教節の弾き語りに合わせて裾から手を差し込んで使う突っ込み式の一人遣いの人形劇。浄瑠璃が説教節であったことから説教人形の名がとられ、演目は、説教物はもちろん、近松物や合戦物も多く、庶民の娯楽として受け継がれてきました。

のろま人形

説教人形の幕間狂言のユーモラスなのろま人形と共に古くから庶民の娯楽の一つとして深く根をはりました。芝居は、間抜けで正直者の主役・木之助、人の好い下の長者、男好きのお花、貪欲でずる賢い仏師で構成され、演じられます。

文弥人形

明治になり、羽茂地区の大崎屋松之助と佐和田地区の文弥語り伊藤常盤一が、盲人の座語りであった文弥節を「語り」に、人形も単調であった動きを細やかなものに工夫して作りだし、絶賛を博した人形芝居。人形自体は素朴ですが、哀調を合わせた古浄瑠璃に乗って演じられ、典雅な趣があります。

民謡

佐渡おけさ

おけさの元唄は九州のハイヤ節という港の酒盛り歌といわれています。それが船乗りたちの手で佐渡の小木地区、越後の出雲崎・寺泊などに上陸して歌われるうちに「おけさ節」となりました。このため越後にも沢山のおけさ節があるのです。小木地区に入ったハイヤ節はハンヤと呼ばれ、座敷歌から盆踊唄化していきます。その後、金山の選鉱場で歌われるようになってから「おけさ」と呼ばれるようになりました。さらに、大正13年(1924)に立浪会の村田文三が中心となって、「正調おけさ」を世に出してから一躍有名になりました。哀調をおびた節と洗練された優雅な踊りは、いまや日本の代表的民謡として知らない人がいないほどです。

相川音頭

金山の隆盛につれて江戸の文化が急激に入ってきた寛文の頃から歌われはじめました。初めは心中や恋物語が唄われていましたが、文政・天保のころから、奉行の御前踊りに唄われた源平軍談が、今に残る相川音頭として親しまれるようになりました。男性的で、めりはりのきいた風雅な踊りとして有名です。

両津甚句

両津の盆踊りの唄ですが、いつ頃から唄われるようになったかは定かではありません。しかし、佐渡民謡の中でも代表的なものとして人気があります。節回しは独特で、音楽的には「おけさ」以上に優れているといわれますが、やや難しいため、玄人うけする民謡といってもいいでしょう。

豊田音頭

佐渡市豊田に古くから伝わる盆踊り唄。大光寺境内の地蔵様を背負って踊る一風変わった民謡です。重いものは120キログラムを超えるものもあります。地蔵信仰の厚い佐渡ならではの民謡と言えます。

門付芸能

鬼太鼓

佐渡にしかない珍しい古典芸能で、島内各地にそれぞれ独自の様式で伝承されています。唐散楽に似た獅子舞の一種で、勇壮な太鼓に合わせて鬼が狂ったように舞うことからこの名がつけられました。佐渡では「オンデコ」と呼ばれ、親しまれています。島内の多くの祭礼で舞われ、悪魔を払い、豊年を祈念する神事芸能として重要な役目を果たしています。

獅子舞

獅子頭を被って舞う神楽の一種。伎樂・舞楽以来の中国系(二人だち)伝来のものと、猪・鹿など神の生贄として供する動物の総称の「シシ」から伝わる日本独自のもの(一人立ち)との2つの由来があると言われています。佐渡では二人立ちで舞う形から発展して40人も入って舞う巨大獅子から鹿頭で舞う小獅子舞まで、神事芸能として各地で演じられています。

花笠踊り

佐渡市城腰・赤玉・北田野浦に伝わる神事芸能。奈良の春日大社から伝承したものと言われています。この踊りは田の神をまつり、秋の豊作を予祝するものと言われています。11歳から12歳の踊り子の男子が赤・黄・青・紫・白の花のついた笠をかぶって踊る所からその名がつけられました。この他に、獅子や鬼の踊りがあり、鬼太鼓や小獅子舞の原型とも思える古さを備えています。とりわけ、城腰の久知八幡宮のものは大掛かりで華やか。県の無形民俗文化財に指定されています。

春駒

木製の馬の首にまたがり、地唄に合わせて舞い踊る門付けで、正月や祝い事には欠かせない伝統芸能です。全国各地にその名残をとどめており、「めでたや〜」で始まる祝言や姿は長唄や歌舞伎にも取り入れられているほどです。佐渡では「ハリゴマ」と呼ばれ、奇怪な面は金山の大山師・味方但馬(みかたたじま)の面貌をかたどったものといわれ、その富裕にあやかっているところが特徴で、佐渡らしい芸能の一つと言ってよい。

つぶろさし

佐渡市羽茂本郷の菅原神社と草刈神社の祭礼に行われる太神楽。つぶろは男性の陽物、さしはさするの転化といわれ、陽持を女性がさすり子孫をふやす、つまり豊かな実りを祈願するというもので、極めて原始的・土俗的においの強いもの。つぶろを持った男役、おかめの面を着け、ササラ棒を持った女役、麻の頭巾をかぶった銭太鼓(醜女)の三者がたわむれながら舞い踊ります。

チトチントン

佐渡市宿根木の白山神社に伝わる神楽。チトチンが男性でトンが女性。女性が男性を挑発する様が演じられる壮快な神楽で、祭りを楽しく盛り上げます。

芸術・工芸

無名異焼

「無名異」とは佐渡金山の坑内から出る酸化鉄を含んだ赤い土の名前で、これを粘土にまぜて高温でかたく焼きしめたものを「無名異焼」と呼びます。佐渡独特の陶器として全国的に知られ、愛好家も多くいます。製品としては非常に堅く、叩くと澄んだ音がし、使い込むほどに光沢を増してくるのが魅力。明治に、三浦常山・伊藤赤水らが美術工芸品としての流れを作りだしました。現在相川地区には12の窯元と人間国宝「伊藤赤水」の窯元があり、無名異焼の里として広く知られています。

蝋型鋳金

鋳金とは溶かした金属を鋳型に流し込み、鋳型が構成する空間どおりに形態を得る方法で、その鋳型を蝋で作るのが「蝋型鋳金」。佐和田地区・沢根を中心に本間琢斉系・宮田藍堂系・真藤半五郎系に分かれて技術が継承されてきました。中でも藍堂系の佐々木象堂は1960年に重要無形文化財蝋型鋳金技術保持者(人間国宝)に認定されました。佐渡鋳金自体も1978年に新潟県無形文化財工芸技術として指定され、佐渡を代表する伝統工芸の一つと言えます。

版画

版画家であり、また優れた教育者でもあった故・高橋信一氏が「佐渡を版画の島に」と佐渡版画運動を展開。真野地区の「山の版画村」や相川地区の「海の版画村」をはじめ島内各地に版画グループが結成されていきました。その結果、それらのグループが結集。全国でも珍しい版画専門の美術館「佐渡版画村美術館」を1984年に開館します。館内には版画とは思えないほどカラフルで繊細な作品が展示されており、そのレベルの高さには定評があります。現在では毎年「全国高等学校版画選手権大会」(いわゆる「版画甲子園」)として日本全国から高校生が集まってきます。

竹細工

佐渡は古くから竹の産地として知られており、自生の竹・笹が20種類以上あると言われています。その竹を細く裂いて美術的に編みこんだものは小さな美しいアクセサリーから工芸品、文庫籠(書類箱)や衣装箱(みだれ籠)など、日常の用品としての美しさを極めた竹かごやザルは、優れた民芸品としても注目されています。

裂き織

かつて、丈夫な仕事着に愛用されていた裂き織。使い古した木綿を裂いて織る織物ですが、古い布が持つ独特の風合い、色の取り合わせが織りだす美しさが、近年、手造りのバッグやテーブルクロスなどとして復活し、静かなブームを呼んでいます。

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