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佐渡の自慢は “人” にアリ! 佐渡に暮らす、魅力的な人を訪ねる旅。
観光地、佐渡に住まう人々。異なる地域で、異なる仕事に就いているにも関わらず、みんな口をそろえて話すのは “佐渡で暮らす人” の魅力について。今回は佐渡旅の中で出会うことができる、佐渡で暮らす7人にお話を伺いました。
ライター:棚村 麗乃 たなむら れいの
新潟市出身。何の気なしに訪れた佐渡の魅力にハマり、2021年に移住。 佐渡市地域おこし協力隊として両津地区のイベント企画・運営に従事し、SNSでは「両津のたなちゃん」として佐渡の日常を発信。現在はイベント業や広告業などを中心に活動しながらも、いつも何をしているかわからない人として両津の裏町をさまよっている。
岩崎 元吉士(いわさき あきよし)さん
肩書:一般社団法人 相川車座 代表、OKESA BAR 「BUNZO」マスター
相川のまちを、100年後の子孫に繋いでいくために。
「相川車座」は地域主体のまちづくりや観光業活性化の促進を目的に、佐渡市、佐渡観光交流機構、新潟日報社、株式会社NOTEとともに立ち上がった、民官一体の団体です。多くの人々が輪の形になる “車座” の文字通り、上下やしがらみなど関係なく、それぞれの得意分野を活かして、今までとは違ったまちづくりを目指していきたいという想いがこめられています。
現在、相川車座では歴史的建造物を活用した分散型ホテル「NIPPONIA」を運営しています。飲食店や施設のある相川を“まちごと” ホテルとして楽しめる新しい形の宿泊施設で、町に溶け込み、地元住民との交流を楽しみながら、相川のファンになってほしいと考えています。OKESA BAR「BUNZO」ではウェルカムドリンクの提供のほか、毎週水曜日には笛や三味線で生の「佐渡おけさ」を聴くこともできます。
過去にもさまざまな団体がまちづくりの活動をしてきましたが、こういった活動には信頼が一番大切だと思います。その信頼をきっかけに「自分もまちづくりに参加したい!」と、関わってくれる人が増えると嬉しいですね。終わりの無い活動ですが、脈々とその時代を生きる人たちが、相川を盛り上げていくためのプラットフォームを作りたいと思います。
相川にはお金を求めて全国から一旗揚げるために集まった人たちの子孫が多く、実は“おせっかいやき” が集まる地域です。 商売人ばかりだった町に、今ようやく地元愛が醸成されてきたと感じます。100年後の子孫にこのまちを繋いでいくためにも、地元住民と観光客が一緒になって、盛り上げていきたいです。観光の方は、相川はもちろん、多様性あふれる佐渡に何度でも遊びに来てほしいです。
貞包 健良(さだかね たけよし)さん
肩書:ジオパーク推進室 学芸員
繰り返し訪れることで新しい発見がある佐渡で、ジオパークも楽しんで!
茨城県出身。大学で断層を専門に学んだ後、2016年に佐渡へ渡り、現在はジオパーク推進室の学芸員として勤務しています。ジオパークとは、私たちの生活の成り立ちが大地や自然とどう関係しているのかを見つめ直すきっかけを作り、地域にあるものの価値と、その意味を地元の方を中心にお伝えしていく活動です。
例えば、硬水のため酒造りが難しいと言われている佐和田地区の水を調査した際、佐和田の川がミネラル成分を多く含んだ貝化石のある場所を通っていることが分かりました。関係無さそうなことが実は大地の成り立ちの部分でつながっていた…!と、分かる瞬間、とてもおもしろいと思いませんか。
佐渡ジオパークでは市民講座や、ジオガイドと歩くツアーを開催しています。
地元の方に「そんなこと気にしたこともなかった!」と、新しい発見を提供できることもうれしいですし、地元住民でもあるジオガイドとのまち歩きは景色を楽しむだけではなく、地域との交わりができるので、おすすめしたいプランです。
私のお気に入りのジオサイトは、離島には珍しい大きな湖「加茂湖」!
観光の方からは矢島経島から沢崎灯台までぐるっとまわる「小木半島巡りコース」が人気です。
佐渡は佐渡金山や朱鷺などの有名な観光資源に加え、島のあちこちに価値のある景色が広がっています。佐渡は何度来ても新しい発見がある島! シンボリックなものを見て終わるだけではなく、繰り返し来ていただきたいです。
今後は、ジオパークの観点から見た佐渡の海の魅力をはじめ、今まで調べてきたものをより広く知っていただけるよう、発信活動に注力していきます!
斉藤 本恭(さいとう ほんきょう)さん
肩書:佐渡相川ふれあいガイド 会長
相川ふれあいガイドと歩くことでしか知り得ない、まち歩きの魅力を伝えたい。
私は旧相川町だった時からずっとまち歩きガイドのような活動を続けています。
当時の対象は観光の方ではなく、新しく佐渡に赴任した小中学校の先生。転勤などから佐渡相川合同庁舎に勤めることになった新潟県庁職員を対象に、まち歩きのガイドや講師を行っていたんです。
住んでいるのに佐渡を知らないのがもったいないという想いと、佐渡を離れて地元などに戻った際、相川の景色や歴史、地理やそこに住む人の記憶を通じて、ア新たな土地の魅力も吸収していただきたいという想いから始まった活動です。
その後、佐渡相川ふれあいガイドになったのは、自然の成り行きです。各地から訪れる人と触れ合えることが、この仕事のやりがいです。
佐渡相川ふれあいガイドでご案内できるコースは、「佐渡奉行所周辺散策コース」や「寺町コース」など全部で6コース。相川の京町通りから一筋南側に入った会津町には、佐渡相川の鉱山及び鉱山町の文化的景観として登録されている「駄栗毛家住宅」のプレートがありますし、町名と町の特徴を指し示す「標注」のほか、隠れた絶景スポットもあります。大久保長安が建てたとされる逆修塔をはじめ、相川で功績を残した人のお墓や供養塔が集まる「寺町」は、特に好きな場所です。
それらの意味や歴史を知った時に、当時相川に住んでいた人たちの姿が見えてくるのがまち歩きの醍醐味です。観光の際はメイン通りから少し外れ、道に転がっている足跡を感じてみてください。
大久保 友美(おおくぼ ともみ)さん
肩書:一般社団法人しなしなやらんかや 代表
コミュニティナースとして、地域住民の笑顔と健康を守る。
「末広堂」は、平成の終わりまで地域の商店として営業していた場所を改装し、コミュニティナースに気軽に相談できるコミュニティバルとして、2024年8月にオープンしました。
コミュニティナースは、健康的な生活を送るためにみんなで少しずつおせっかいをやきながら、楽しく過ごすためのサポートをするような人たちのこと。地域住民がゆるやかにつながりを持ち、元気になることを目指して活動していきます。
私は、現在も末広堂の運営とかけもちで、障害のある方のデイサービス施設で看護師として勤務しています。末広堂では、お店に来てくれる方が自分の体や心のこと、家族のことなどを気軽に相談ができ、「あの人のところにいけば気が楽になる」と思われる、保健室のような場所になったらいいなと思っています。より多くの人が、気楽に身体のことを考えるきっかけになれたらいいなと。
末広堂を運営する「一般社団しなしなやらんかや」のメンバーには、同じく看護師として働く方や料理と福祉から集落の未来を考えるシェフ、実際に障がいのある方もいて、「子どもレストラン」や「チャレンジカフェ」の運営を一緒に行っています。年代・性別・障害の有無を抜きに、それぞれの立場で役割を持って活躍できる場所をつくることを大切にしています。
私が育った小木は、外からの人たちを受け入れる力のある地域です。
新しいお店も増えている、未来のある場所です。自分の子どもたちが大きくなった時に自慢できる場所になるよう、コミュニティナースとして地域の笑顔を増やしていきたいです!
店舗名:末広堂
- 住所
- 佐渡市小木町234-1 (旧末広堂)
池 倫子(いけ ともこ)さん
肩書:ArtBridalCreation代表・ウエディングプランナー・メレパレカイコディレクター
人生の晴れ舞台に、佐渡島という選択を。
新潟市出身、2022年に佐渡内海部に位置する人口約20人の虫崎(むしざき)集落に夫婦で移住しました。飲食事業、イベントウエディングスペースの運営、プロデュース事業を「メレパレカイコ」にて立ち上げ、地域や島のポテンシャルを活かしたアイランドウエディング、フォトウエディングを創造しています。
薬膳料理と聞くとなんだか身構えてしまうかもしれませんが、メレパレカイコではその季節・その時の身体が必要としているものを、薬膳料理として楽しめます。地域で採れる旬の野菜や果物の豊富さも、佐渡×薬膳、そして虫崎を選んだ理由のひとつです。
新潟市でウエディングプランナーとしてこれまでに1,500組以上のカップルのサポートをしてきた私の新たな夢は「島ウエディング」を確率すること。
佐渡で初となる史跡でのウエディングや、たらい舟を高砂に見立てたユニークなウエディングなど、素敵な式で島に暮らす夫婦に笑顔を届けています。
島だから出来ないことよりも、島だからこそ出来ることを見つけながら楽しく暮らしていきたいと思っています。島の自然、人、食材…佐渡の魅力はまだまだたくさん!一年一年を大切に感じていきたいです。
店舗名:メレパレカイコ
宮﨑 正美 (みやざき まさみ)さん
肩書:たたこう館 太鼓体験講師 / 太鼓芸能集団 鼓童メンバー
太鼓が生み出す新しい役割と、その可能性を広げたい。
私の活動のコンセプトは、 “祭りの太鼓” です。
太鼓を叩く人、観る人、一緒に参加する人全員がお互いを尊重し合いながら、その場の空気をひとつにするといった場所作りを大切にしています。鼓童の活動理念とも通ずるものがありますね。
私と鼓童との出会いは、地元の熊本県水俣市で行われた公演で、当時中学生の私にとってはとても楽しそうに、しかもみんなの呼吸がひとつになって太鼓を叩く姿が非常に印象的でした。地元の祭りでも、みんながひとつになる太鼓を響かせることができないかなと考えていました。
でもその後、太鼓を叩くことなく数年が経ちました。「やっぱり太鼓が叩きたい」という想いが再燃したのは大学卒業時。鼓童のことを思い出し、調べてみると研修生募集の案内にたどり着き、すぐに応募。
未経験から入った研修所では、太鼓の基礎はもちろん、佐渡の歴史や自然についても教わりました。自然の豊かさや、佐渡に生きる人々を見て、これが人間のあるべき姿なのだと感じています。
太鼓を叩くという行為はとても奥が深く、佐渡で暮らし始めてからあっという間に27年が経ってしまいました。
現在はパフォーマンスに加え、「エクサドン」などのワークショップ事業にも取り組んでいます。エクサドンは10年ほど前から鼓童文化財団が取り組んでいる事業で、当初は認知症予防のためにスタートした取り組みでしたが、昨今ではさまざまな方を対象に行っています。チームビルディングやメンタルヘルスケアといった面においても活用できると考えています。
鼓童は50年以上の歴史の中、太鼓の披露で多くの感動を生み出してきました。
今後は主にワークショップ講師として、太鼓の新しい役割と可能性を広げていくことに挑戦していきます!
相田 忠明(あいだ ただあき)さん
肩書:さどやニッポン株式会社・株式会社 佐渡相田ライスファーミング代表
佐渡の祭りと伝統を守るため、 “本物の職人育成” に奮闘!
「さどやニッポン株式会社」は、祭りの道具を作る職人を育てるために立ち上げた会社です。祭りや地域芸能の道具は、衣装は商店の呉服屋さん、鬼の面や太鼓の台は地域の大工さんや建具屋さん、と、地域で働く方々がそれぞれの道具を製作していました。ほんの40~50年前はそういった流れが当たり前に存在し、地域の祭りを支えていたんです。弊社のある新穂商店街にも、道具作りをする方々が何人もいましたが、店舗が減ると同時に数少なくなってきました。
道具が変わると、芸能も変わってしまいます。
例えば、佐渡の獅子頭は、新潟市の「神楽かぐら」のように頭に被って踊る舞いと違い、腕力でガツン!と噛みつくため、カヤやケヤキなどの硬くて丈夫な木を使うことが多いです。佐渡島外で製作を依頼した際、神楽で使う獅子と勘違いし、桐などの軽くて強度の低い木で作られたせいで噛みついた時の音が出ない上に、5~6年で砕けてしまったと言う話も聞きました。
そういった背景を知り、日本各地の祭りや芸能を、道具作りという面から守る職人を育てることは重要なことだと、強く感じるようになったんです。
さどやニッポン株式会社は、軸となる祭り道具の職人を育てる「まつり事業部」を自立するために、道具作りの工房、芸能の稽古場、祭りを記録で残す「映像デザイン事業部」のスタジオ、祭りの料理を守る「フード事業部」の祭り茶屋御縁、収入という面で会社を支えている「イベント事業部」と、大きく4事業部があります。バラバラのようですがそれぞれが連携し、地域芸能や祭りを守ることにつながっています。
また、 佐渡の芸能は本来庶民のものなので、本来の佐渡島の芸能の空気を作っていきたいと思っています。稽古場で気軽に島内外の人が交流したり、三味線や笛の音に耳を傾けながら茶屋で団子を食べたり...佐渡おけさをみんなで舞い始めるなんて最高じゃないですか!
私はこの歳になってますます「佐渡に生まれ、ここに育ってよかった」と感じています。人口は減っていますが、それは昔と比べるからであって今がベストだといつも感じます。だって、祭りで見るみんなの笑顔は常に最高ですから!求めるものは時代ごとに変わるかもしれませんが、時代に合った最良の姿を次世代につないでいきたいと思います。





























