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- 歴史・名所
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史跡・遺跡北沢浮遊選鉱場跡
相川の北沢地区には発電所やシックナーなど鉱山の近代化に貢献した施設群(国の史跡)が密集しています。もともとは銅の製造過程で行われていた技術であった浮遊選鉱法を金銀の採取に応用し、日本で初めて実用化に成功したものです。戦時下の大増産計画によって大規模な設備投資がされ、1カ月で最大5万tもの鉱石を処理できることから「東洋一」とうたわれました。観光シーズンにはライトアップも実施中。
相川エリア -
史跡・遺跡史跡 佐渡金山
佐渡金銀山400年の歴史を伝える史跡。宗太夫坑では、人形を使って当時の採掘作業を忠実に再現。道遊坑には、明治期以降の近代化産業遺産群が残ります。さらに「東洋一の選鉱場」「日本初の西洋式竪坑」などの産業遺産も周辺に良質な状態で保存されており、壮大なスケールに驚かされます。
相川エリア -
伝説矢島・経島
穏やかな入り江に浮かぶ二つの島。矢島は良質の矢竹の産地で、『平家物語』で源頼政がヌエ退治に使った矢も矢島産と言われています。経島は日蓮の放免状を携えた高弟の日朗が嵐にあい漂着。読経して一夜を明かしたことから命名されました。二つの島を赤い太鼓橋がつなぐ美しい景色の中で、たらい舟の乗船体験ができます。
南佐渡エリア -
その他宿根木
中世から港があり、佐渡金山繁栄期の17世紀を経て、江戸後期から明治初期にかけては北前船稼業として発展。小さな入り江に面して、船板などを利用した板壁の民家100余棟が密集する町並みは、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。民家3棟が公開(有料)されており、集落全体が船の仕事に従事した歴史を今に伝えます。
南佐渡エリア -
神社・仏閣 能舞台妙宣寺
佐渡配流の日蓮に仕え、熱心な法華経信者となった遠藤為盛(阿佛房日得上人)。1278年、妻の千日尼と共に自宅を寺として開いたのが始まりと伝わります。かつては佐渡守護代竹田本間氏の居城で、今もどことなく城跡の雰囲気を残しています。境内には、県内唯一の五重塔はじめ、「正中の変」で佐渡配流となった日野資朝の墓などがあります。
国中エリア -
神社・仏閣清水寺
桓武天皇の勅により、京都から布教に来た賢応法師により808年開基。京都の清水寺を模した「救世殿(ぐぜでん)」があり、本尊も京都清水寺同様に千手観世音菩薩。併せて延命善哉寿老尊天を福寿の神として祀っており、馬堀法眼喜孝画伯が「善哉寿老人」を寄進。「佐渡七福神巡礼コース」の1つです。
国中エリア -
史跡・遺跡道遊の割戸
佐渡金銀山の中でも開発初期の採掘地とされる江戸時代の露天掘り跡。巨大な金脈を掘り進むうちに山がV字に割れたような姿になっています。山頂部の割れ目は、幅約30m、深さ約74mにも達します。道遊脈と呼ばれる脈幅約10mの優良鉱脈を有しており、明治以降も割戸の下部で大規模な開発が行われました。
相川エリア -
伝説弁慶のはさみ岩
県道45号線沿い、下相川の浜にある奇観。巨岩と巨岩の間に、くさび型の岩がすっぽりと挟まっています。その昔、佐渡弁慶ら山伏一行が相川から金北山へ修行に行く途中、待ち伏せした鬼が力比べを所望。その際に佐渡弁慶が投げ飛ばした岩が下相川の浜まで飛んできたと伝えられています。名奉行「鎮目(しずめ)市左衛門の墓」と佐渡金銀山関連資産の「吹上海岸石切場跡」が隣接しています。
相川エリア -
神社・仏閣蓮華峰寺
佐渡が皇城の鬼門にあたるとして、大同年間(806年頃)に空海(弘法大師)が開山したと言われる名刹。嵯峨天皇の勅願寺と伝わり、金剛寺、室生寺とともに真言の三大聖地。国の重要文化財「弘法堂」「金堂」「骨堂」のほか、境内の16もの堂宇伽藍が国の有形文化財に登録されています。7月に咲き誇る紫陽花も見事です。
南佐渡エリア -
史跡・遺跡佐渡奉行所跡
金脈の発見により、佐渡は天領(幕府の直轄地)となり、1603年、相川に「佐渡奉行所」が置かれました。奉行の住居もあった広い施設のうち、2000年に「御役所」部分を復元。「役所」や「白洲」などの司法・行政の場に加えて、金銀を精製する「寄勝場(よせせりば)」の機能を併せ持つ、佐渡特有の奉行所の形態を忠実に復元しています。
相川エリア -
神社・仏閣度津神社
五十猛命を祭神に交通の守護神として島民から信仰されています。927年の延喜式神名帳に記載されている佐渡の式内社9社の1つで一ノ宮と称する格式高い神社です。1470年の洪水により社地、古文書等が流失したため、現在の位置に移ったとされていますが、その由緒や縁起などは明らかではありません。初詣スポットとしても有名で、島内各所から多くの人が参拝に訪れます。
南佐渡エリア -
神社・仏閣 能舞台長江熱串彦神社能舞台
長江川の南側の広い水田地帯に熱串彦神社の社叢があります。水田に建つ狛犬が印象的。平安時代前期の創立で「延喜式」にも記載がある佐渡国「式内社」九社の一つ。移転を経て、現存の社は正徳4年(1714年)の建立と伝わります。加茂氏の祖神を主祭神とし、金北山に鎮座していた金山彦命も配祀されています。 境内には趣のある藁葺き屋根の能舞台が、脇正面を社殿に向けて配されています。本舞台と後座からなり、橋掛りが鏡の間につながっています。安永年間(1764~1780)頃の創建と伝わり、佐渡では数少ない近代以前の建築と推測される貴重な能舞台。市文化財に指定されています。
両津エリア -
史跡・遺跡旧相川拘置支所
相川の京町通りを山側に上って行くと、蔦の這う高さ3mほどのコンクリート塀が見えてきます。1954年に新潟刑務所相川拘置支所として開設、佐和田地区に移転する1972年まで使用されていました。現存する木造拘置所としては全国的にも珍しく、国の登録有形文化財となっています。内部は無料で一般公開されており、自由に見学できます。
相川エリア -
神社・仏閣 能舞台大膳神社
大和飛鳥路に例えられた田園風景に大膳神社が鎮座。地頭・本間山城守によって日野資朝、大膳坊が合祀され、正殿には御食津大神を祀ります。資朝の子・阿新丸が佐渡に渡り、親の刑死の無念を晴らした際、逃亡を助けた大膳坊は処刑。御坊の怨霊を鎮めるために、勧進されたとされます。1846年に再建された茅葺き寄棟造りの能舞台(県の有形民俗文化財)は、定能が盛んであった「国仲四所の御能場」の1つ。佐渡に現存する最古の能舞台と伝わります。現在も4月18日の祭礼には奉納能、6月には能と鷺流狂言が上演されています。
国中エリア -
史跡・遺跡真野御陵
正式には「順徳天皇御火葬塚」。順徳上皇は「承久の乱」で佐渡配流となり、在島22年の末1242年、46歳で崩御。翌日火葬され、その跡に松と桜を植え目印としたのがこの火葬塚です。御遺骨は翌年帰京。父帝・後鳥羽上皇墓所のかたわらに安置されました。火葬塚は御陵と同格扱いで宮内庁の管理。近くに順徳上皇を祀った真野宮があります。
国中エリア -
史跡・遺跡無宿人の墓
1853年に水替人足として働き坑内で亡くなった無宿者28名の出身地、戒名、名前、年齢を刻んだ墓碑が山中に建っています。江戸をはじめ、幕府直轄地であった大阪、長崎から1800余人の無宿者が送られました。幕府の治安対策で捕えられた住所不定の人たちです。過酷な労働で、その寿命はとても短かったといいます。
相川エリア -
神社・仏閣 能舞台椎崎諏訪神社
加茂湖を見下ろす高台に建つ椎崎諏訪神社は、信州「諏訪大社」の分神として、1376年に建立。当地の地頭・久知本間家の守護神と伝わります。1902年に建築された瓦葺き切妻造りの能舞台(県の有形民俗文化財)では島内で演能される回数が最も多く、5月~10月(8月は除く)上旬の土曜日には幻想的な薪能が演じられます。また、この能舞台を使って能・仕舞体験をすることができます。
両津エリア -
史跡・遺跡賽の河原
奇岩「大野亀」と「二ツ亀」をつなぐ海沿いの遊歩道。「願」(ねがい)集落から10分ほど歩くと賽の河原に出ます。海食洞穴には、「地蔵菩薩」を中心に無数の石地蔵が静かに並んでいます。冥途との境と言われる賽の河原は、幼くしてなくなった子供の霊が集まる場所と言われ、昔から篤く信仰されています。
両津エリア -
神社・仏閣神宮寺
神宮寺が所蔵する銅鐘は、国の重要文化財。もとは佐渡守護・北条宣時の武運と世の中の平安を祈って鎌倉時代末期に正光寺(佐渡市羽吉)に奉納されたもの。鐘に彫られた銘文によると、1295年に鋳造・奉納されたものです。1868年に神仏分離令により羽黒神社が廃寺となった際、神宮寺檀家の者が買い取り寄進。優美なフォルムが印象的です。
国中エリア -
その他両津カトリック教会
江戸期、佐渡に伝わったとされるキリスト教。両津カトリック教会は、1879年、フランス人宣教師ドルワール・ド・レゼーによって創設されました。1883年に焼失しましたが、1887年、ド・ノアイ宣教師により再建されました。設計は日本の教会堂を数多く手がけたパピノ神父よるのものです。
両津エリア -
その他ガシマシネマ
佐渡・相川金銀山と奉行所とを結ぶ、歴史の深い京町通りに面しています。昭和10年代に、佐渡金山鉱山長の社宅として建てられた家屋を、従来の風合いそのままに改装しました。月替わりで、毎日映画を上映しており、上映作品に合わせた「今月の本棚」コーナーもあります。また、この街で実際に稼働していた、古いカーボン式映写機も展示しています。元・鉱山都市を巡る歴史散歩途中のお茶処としても、どうぞご利用下さい。
相川エリア -
神社・仏閣根本寺
日蓮聖人が他宗の僧と問答を戦わせ、「開目抄」を著した場が境内の「三昧堂」と伝わっており、「観心本尊抄」などを著した佐和田地区にある妙照寺と並び日蓮宗の霊跡となっています。江戸時代には、金山の山師たちがその財力で建立・寄進した「祖師堂」や「本堂」など、約1万7千坪の境内に、堂宇29棟が建ち並びます。
国中エリア -
神社・仏閣佐渡国分寺
764年に落成したとされる「佐渡国分寺」は落雷や大火により幾度となく焼失しましたが、その東側に現在の国分寺があります。詳しい建立年代は不明ですが江戸初期と言われています。境内には本堂のほか「仁王門」「瑠璃堂」「鐘楼」などが点在。収蔵庫には、火災を免れた本尊の木造薬師如来(国の重要文化財)を安置しています。
国中エリア -
その他幸福地蔵
台座を含めると高さ17.5m、遠方からもよく見える巨大な地蔵。1982年に地蔵尊像建立の大願を起こし、翌年に完成。白く気品に満ちたその姿は、十上(とがみ)山麓の深い緑に映えます。山門を入ると地蔵堂などもあり、様々な形でお地蔵様が安置されています。近くに岩屋山石窟があります。
南佐渡エリア -
伝説乙和池
大佐渡スカイラインの大平高原付近、道路沿いの案内板から林道を600mほど入ると、ブナやミズナラの林に包まれて「乙和池」が神秘的な姿を見せています。深山の天然池として、周囲の自然林と共に貴重な乙和池は、県の天然記念物。池の中には、日本最大級の高層湿原性浮島があり、アメリカマンネンゴケ、カタマリスギゴケなど20余種の植物が生育しています。浮島の中央には、浮揚の役目を持つと言われるハート型の穴が開いておりロマンティックな趣も漂います。池の主「大蛇」に見初められて入水した美しい娘「おとわ」の伝説がこの名称の由来となっています。
国中エリア -
神社・仏閣長谷寺
大和の「長谷寺」を模した古刹で807年弘法大師の開基。佐渡上陸後の世阿弥が立ち寄り「金島書」に記したゆかりの地でもあり、また、ボタンをはじめ“花の寺”としても有名です。弘法大師作の十一面観音立像3体(国の重要文化財)をはじめ、平安期の金剛力士像、五智堂など、歴史を物語る文化財を多数所有しています。また、県の天然記念物である三本スギや高野マキもあります。
国中エリア -
神社・仏閣 能舞台牛尾神社
「潟上の天王さん」の名前で親しまれる古社。792年「出雲大社」より大国主命などを勧請して建立。再建された拝殿には鯉の泳ぐ姿や順徳上皇の物語絵など精緻な彫刻群が施され、当時の棟梁や名工たちの技術が偲ばれます。拝殿前の樹齢約1千年の御神木は、子授け・安産の杉として信仰されています。1901年に再建された瓦葺き正面入母屋造り・背面寄棟造りの能舞台(県の有形民俗文化財)は、定能が盛んであった「国仲四所の御能場」の1つに数えられます。演能の歴史も古く、室町期の能面「翁面」と「三番叟面」(県の有形文化財)が社宝として保管されており、毎年6月には例祭宵宮薪能が演じられています。
国中エリア -
史跡・遺跡岩屋山石窟・摩崖仏
宿根木集落の背後、岩屋山中腹の霊験あらたかな洞窟。岩肌に様々な半肉彫りの仏像が彫られています。境内には四国八十八ヶ所霊場になぞらえた88体の石仏が並んでおり、地元では「岩屋さん」と呼ばれ親しまれています。信者は洞窟におこもりをして、座ったままで御詠歌や念仏を唱える「ねまり遍路」を行います。
南佐渡エリア -
神社・仏閣本行寺
日蓮聖人着岸の地と伝わる松ヶ崎。佐渡への第一歩を踏み入れた記念の地に、聖人に帰依した仏寿坊日量によって1279年に建立。境内には「日蓮聖人龍燈説法」の石像が立つほか、400mほど離れた所には、上陸後に夜露をしのいだ場所と伝わる「おけやき」と呼ばれるケヤキの大木があります。
両津エリア -
神社・仏閣本光寺(宮川)
日朗上人を開山とし、弟子日行上人により開創。境内には、高弟日朗上人が鎌倉から運んできた赦免状を披見した際に日蓮聖人が腰掛けた「赦免石」や袈裟を掛けた「袈裟掛けの松」など、ゆかりの史跡が残ります。
国中エリア